

――いまの日本は、何かと“閉塞”がキーワードだ。経済は停滞、将来は不透明、SNSには苛立ちが噴き出す。そんな空気を切り裂くように、幕末の風雲児・高杉晋作が残したたった一行の辞世の句(じせいのく)が、再び注目を集めている。
■ 二七文字の“投げ込み檄文”

「おもしろき こともなき世を おもしろく」──慶応3年(1867)4月14日、高杉は結核に倒れる直前、看病役の女流歌人・野村望東尼に上の句を示した。望東尼が「住みなすものは 心なりけり」と付け足し、二人の即興が日本史に残る辞世の句となったという逸話は有名だ。
背景には、長州藩の内紛を鎮め、関門海峡で幕府艦隊を破った直後という“燃え尽きた”状況がある。死因は肺結核──当時「亡国病」と恐れられた不治の病だった。
■「自分の視点で世を彩れ」か、「社会を塗り替えよ」か
辞世の句の解釈は二つに割れる。ひとつは“内面革命”説──「つまらないと嘆くな、自分の心で世界を変えろ」。もう一つが“社会改造”説──「面白くない世の中を実際に面白く塗り替えよ」という外向きの檄だ。
現代社会論を専門とする歴史研究家の新見知規氏はこう分析する。
「高杉は奇兵隊を組織し、身分秩序を壊して戦った男です。下の句を望東尼が補った経緯を踏まえると、“心”と“行動”は両輪だった可能性が高い。『思いだけでなく実際に動け』という彼らしい二重奏でしょう」
■ 令和の“退屈”を撃つ27文字
実のところ、この一句はいま若い世代に奇妙なリアリティを放っている。動画クリエイターで“幕末推し”を自称する佐伯ルカさん(23)は、両手にスマホを構えながら語った。
「就活も物価高も“詰んだ感”が強いけど、このフレーズを見ると自分でルールを変えていいんだって思える。“推し活”だって、趣味を本気で突き詰めれば仕事になる時代でしょ?」
ルカさんは《推し活で世を面白く》《高杉式ライフハック》といったことを語り晴れやかに笑っていた。
■ 歴史ファンの“現場の声”
ゴールデンウィークに山口県萩市の東行庵を訪れた会社員・岡田慎吾さん(41)はこう呟く。
「墓前でこの句を口にすると、“やるしかない”って開き直れる。景気は悪いけど、幕末の方がよほど命懸け。それでも面白くしようとした人がいるなら、俺も仕事ぐらい面白くできるだろってね」
■ エンタメ消費時代、辞世は“自己啓発本”を超えるか
とある出版社では「偉人の最期の言葉」を切り口にしたムックを企画中だという。編集プロダクション幹部は「高杉の一句は言葉数が少なくキャッチー。Z世代をターゲットにした“名言”としても最適」と商機を語る。
一方で、歴史学者・児玉泰宏氏は釘を刺す。
「名言は万能薬ではない。高杉は体制を壊すだけでなく、旧来の藩政を新体制に繋いだ“調整役”でもあった。彼のように行動と責任が伴ってこそ、この言葉は輝くのです」
■ “面白くない世”の処方箋
足元のリアルはいっそう複雑だ。物価は上がり、災害リスクは高まり、世界情勢は不安定──それでも私たちの日常は続く。
幕末歴史ファンの飾磨ゆかりさんは、「辞世の句ユーモア」をこう評価する。
「高杉は死の床でさえ“面白く”を掲げた。ユーモアは究極のサバイバル術。暗いニュースに飲み込まれがちな今こそ、笑いでスキを作る視点が必要なんじゃないでしょうか」
■ 結論──“面白がる覚悟”は誰にでも

生きづらさを嘆くだけでは変わらない。27文字の辞世は、150年以上前から現代人にメガホンで叫んでいる。「この世を面白がる覚悟はあるか」と。
ウイルスも戦争も AI も、幕末人の想像をはるかに超えるスピードで社会を揺らしている。それでも“面白く”する主語が「世」なのか「自分」なのかは、私たち次第だ。
高杉晋作は二度と帰らない。しかし、彼の最後の一句は、私たちのポケットに忍ばせるには十分すぎるほど強い火種を今も宿している。
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