【考察】織田信長が妻と蝦夷(北海道)に旅行するために必要な費用は?

織田信長 織田信長
織田信長

戦国時代の織田信長が正室・濃姫(帰蝶)とともに、「当時の蝦夷(北海道)」へ旅行した場合の費用を、実際の物価や物流、地理的リスク、随行人などを考慮して史実ベースに推定金額を考察します。

北海道(蝦夷地)
北海道(蝦夷地)

📜 前提条件(戦国時代の蝦夷渡航)

項目内容
時代天正年間(1570年代)、織田信長の勢力拡大期
出発地京都 or 安土城下
経路陸路で日本海沿岸へ → 能登または越後から北前船で蝦夷(松前・函館)
滞在想定地渡島半島(アイヌ交易が盛んな松前周辺)
随行者数信長+濃姫+家臣・護衛+通訳+従者=合計50人規模
旅程片道1~2か月、滞在1か月、往復合計3か月前後

💰 内訳(戦国期の物価と航路・規模を考慮)

項目内容費用(当時の両)現代換算(×10万円)
船チャーター(大型和船×2艘)越後~松前航路+往復約300〜600両3,000万〜6,000万円
随行人への給金・食料護衛武士・女中・通訳など50名約400〜600両4,000万〜6,000万円
船内設備・寝具・装束貴人仕様の船内設え約100〜200両1,000万〜2,000万円
蝦夷での贈答品・交易費アイヌへの贈物、現地調達、物々交換等約100〜500両1,000万〜5,000万円
馬・道具・予備人足・通行税等陸路補助・保険的備え約100〜200両1,000万〜2,000万円
合計
1,000〜2,500両1億〜2.5億円相当

🧠 備考:なぜ高額か?

  1. 危険性・距離:蝦夷は未開地扱いで航海事故・病・アイヌとの外交不安があり、装備・人員が多く必要
  2. 船の運用コストが高い:大型和船は、熟練船頭・漕ぎ手・案内役込みで非常に高価
  3. 信長らしい威信旅行:金箔入りの茶器や贈り物を持参し、文化的優越を示す演出を好む
  4. 濃姫の装束や寝具・女中の付き添いが必要(姫旅は常に費用倍増)

🔍 比較参考:戦国時代の旅行費例(高位武士)

人物行程費用
足利義昭(上洛)越前→京都(軍勢+家臣団)約1,000両規模
島津義弘(上洛)薩摩→京都約3,000両(大名行列)
豊臣秀吉(朝鮮出兵)博多→釜山(10万人規模)数十万両以上

🎭 旅行中の推定セリフ

信長「蝦夷の地に、我が威光届かざることあらんや。金の茶器を持て」

濃姫「毛皮の装束をまとうなんて、都では真似できませんわね」

船頭「この旅、命の保証はいたしませんぞ……」

光秀「なぜ……わざわざ蝦夷などへ……」

✅ 結論:

織田信長夫妻の「蝦夷旅行」費用(往復・滞在込み、数か月規模)

💰 1,000両〜2,500両(現代換算で1億〜2億5,000万円

✅ まとめ

内容推定費用
信長+濃姫の蝦夷旅行(往復+滞在)約1,000〜2,500両
現代換算約1億〜2億5,000万円
随行者数約50人(武士・女中・通訳・人足含む)
日数往復3か月+滞在1か月ほど

考察後の感想

仮に2億円で蝦夷(北海道)旅行ができるのなら、織田家の収入から考えて金銭的には問題ありませんね。

ただし、本当に旅行に行ってしまうと、帰ってきたときに隣国に居城が攻め滅ぼされたり、家臣団の謀反が判明したりして、帰る場所が失われているという可能性があります。

現実では織田信長が楽しめなかった北海道旅行を、平和な時代の皆さんが代わりに楽しんであげるというのはいかがでしょうか?(なんでだよ?笑)


(※当ブログ【歴史ファンの玄関:れふかん】は、他では味わえない、独自の考察を持ち味としています)

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